2012年02月23日

第32 回 東北建築賞

第32 回 東北建築賞の決定が決定したようです。

【作品賞部門】
 ・森を奔る回廊
  (有)都市建築設計集団/UAPP

 ・新田の家  
フクシアンドフクシ建築事務所

 ・長楽寺禅堂 
 
樺|中工務店 東北支店 設計部

 ・鶴岡まちなかキネマ
  叶ン計・計画高谷時彦事務所

 ・ねぶたの家 ワ・ラッセ 
 molo・潟fィーディーティー・潟tランク・ラ・リヴィエレ アーキテクツ

 ・村山市総合文化複合施設「甑葉プラザ」
  計画・設計工房+日総建

 ・水の町屋 七日町御殿堰
  本間利雄設計事務所+地域環境計画研究室

 「特別賞」
 ・旧仙台領内の300 年継承住宅
  大沼正寛+伊藤邦明都市建築研究所
 ・あきたチャイルド園
  泣Tムコンセプトデザイン一級建築士事務所

【業績賞部門】
  なし

【研究奨励賞部門】
 ・東北地方の風土醸成型まちづくりに資する建築史・保存再生・建築計画
             についての一連の実践的研究
    大沼 正寛(東北文化学園大学 准教授)

 ・ひずみ硬化セメント複合材料の引張る特性に及ぼす各種因子と試験方法
             の影響に関する実験的研究
    菊田 貴恒(東北大学 助教)
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2012年01月07日

六甲枝垂れ

みなさま、あけましておめでとうございます。

ほんとうに復興支援活動等等でばたばたして、ブログどころではなくなってしまっていました・・・。何せ、この子煩悩な私めが、こどもの授業参観に食指を動かしているヒマも無いほどのバタバタぶりです。せっかく、年末に再度抽選に当たった「桂離宮」「修学院離宮」を断念するほどの勢いで、世間の濁流に呑まれまくっております。
毎年恒例の年末の西日本大移動も、秀吉並の「大返し」で……、28日に仕事を終えるとその足で10時半に仙台出発の昼の10時に神戸到着。帰りは1月1日3時に神戸を出発。その間もずっと、喫茶店やらデパートのフードコートで書類を引っ掻き回しておりました。

この年末で唯一、見たのが「六甲枝垂れ」。それも特に見るつもりも無く、こどもがどうしても行きたいとねだって30日に繰り出した神戸市営の「牧場」が年末年始の休暇で途方に暮れていたところに、出くわしたのが、今が旬の「六甲枝垂れ」でした。

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あまり、コメントする勇気も無いのですが、特に鋭い用途を持たないこういった建築は、面白いとは言いがたいですなぁ、正直言って……。

しかしこうして写真で見ると、現物を見るよりもはるかに綺麗なような気がして、こうしてPCに向かってブログの編集を行っている自分が、一番驚いております。

(T)
posted by JIAみやぎ at 17:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 建築雑記

2011年11月17日

JIA本部災害対策委員会 来訪

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JIA本部災害対策委員会、庫川委員長、森岡委員、来訪之図

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そのあと之図

すごく意義深く、実りの多い懇談会で、それについてこと細かくお話しするべきなのですが、非常に忙しく、時間が取れないので、これだけで済ませます・・・ 言い訳之図。

(mm)
posted by JIAみやぎ at 06:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災関連

2011年11月15日

2011-11-15石巻北上高台移転検討会

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昨夜、石巻北上での高台移転についての検討会を行いました。
前回に続いて、移転場所を変更しての検討会です。

二時間以上にわたって密度の濃い議論を交わしましたが、
議論の終盤に、ある方(教育職)から、こんな意見が出されました。

「自分はこうした専門家ボランティアができる恵まれた立場(給料をもらいながら自由に活動できる立場)にあるけど、そうでない皆さんはこれから一体どうするんだ。そうしたことをきちんと考えていかない活動は絶対に継続しない。」

このことは、3月11日以降、何度も(というか毎回)議論を呼び、毎回議論は白熱しますが、いつも結論のない議論になってしまいます。

「仕事は、当然、お金をもらってやるべきだが、お金が出なくてもやらなくてはならない仕事もあるはず」
「しかし、お金をもらわない仕事は必ず、やっている方が傲慢になってしまい、結果として誰にとっても良くない」

結果として、まぁ、今のところは何とかやれているからいいんじゃないか、というところに落ち着きました。どこかでチャンスを見つけて、この状態を打開しよう、いつもそうした結論に落ち着くのですが、今のところそんなチャンスに出会ったことはありません(笑)

しかし今までも何度か「この活動はここら辺で一旦終了してしまうなぁ」と言い合いながら、次の展開が急に開けてきたりもしました。震災後は特に、世の中ってそういうものなんだなぁ、と実感します。先が見えないってことは別に悲観することでもなんでもないような気がします。

震災のことではないですが、わたしたちのチームよりもはるかにいろんな意味で恵まれて活動し、メディアにドカンドカンとでっかい花火を打ち上げているようなチームでも、内部ではどんよりと重苦しい雰囲気だったりすることもあるようです。別に人のことをどうのこうの言うつもりではないのですが、人間のすることって言うのは不思議なものです。
お金も力も無いけど、「明るく楽しくやればなんとか乗り越えられる」っていうのは非論理的な結論ですが、震災後は本当にそんなバカみたいなことがリアルに感じられるのです。

(T)
posted by JIAみやぎ at 06:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 石巻北上での復興支援活動

2011年11月12日

マッスとココ

今日の午前中、娘の通う小学校の学習発表会があったので、仕事を抜け出して顔を出してきました。と言っても、打ち合わせに間に合わせるためにオープニングの30分だけ、です。

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これは五年生の劇の一幕ですが、すごく良く出来ていました。

ところで、そのあとの住宅相談で初顔合わせしたお客さんが、こんなことを言っていました。
「住宅を専門にやっている設計事務所と、大きなものもいっぱいやっている事務所とでは何が違うんでしょうか?」

悩ましい質問ですが、しばらく考えてこう答えておきました。
「いま、沿岸の被災地域で集団移転の手伝いをやっていますが、そんなときにフト感じることがあります。公共建築を中心にやっている人は、住民をマッスで受け止めることが出来ますが、住宅を中心にやっている人はその特定の個人を説得しようとしてしまいます……」

住宅建設を巡る、将来の希望や夢、または不安。
住宅を中心に設計活動を行っていると、みなが皆、一所懸命にそういったことを投げ掛けてきます。その暑苦しさを当然のこととして受け止めて、平然と仕事として成し遂げてゆくことがわたしたちには求められています。

きのうの夜、同年輩の設計者が集まって、いままでバラバラにしか活動していなかった沿岸の被災地域での復興支援活動について意見交換をしました。集まったのは皆、実績も申し分の無い若手ばかりで、能力の差などほとんどありません。
しかし、実感として、わたしたちの態度を大きく隔てているのは、その「相手との向き合い方」だけだと思いました。
一方は、全体を大きく眺めて、何かを汲み取る態度。もう一方は、個人個人を見て、ひとつひとつの小さな結論を積み重ねようとする態度。

今回の震災では、たぶんそのどちらの力も、必要なんだと思います。もうそろそろ、それぞれが勝手に自分の思い込みで活動する時期を過ぎて、自分のエゴを押し殺して活動を始めるべき時期だと思います。

(T)
posted by JIAみやぎ at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記!のようなもの…

2011年11月11日

おちゃっこあるき

石巻まちカフェより
明日の「おちゃっこあるき」について案内が届きました。

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日時:11月12日(土)14:00〜
集合場所:ホシノボックスピア=石巻まちカフェ
会費:300円

参加される方は直接お越しください

石巻まちカフェのWebsite
https://sites.google.com/site/shijuanmachikafe/home

posted by JIAみやぎ at 16:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 石巻まちカフェ

沿岸被災地域の支援専門家の募集

「沿岸被災地域の支援専門家の募集」について、建設通信新聞に記事にしてもらいました。

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おかげさまで何人もの方に申し込んでもらっています・・・。
少し時間をいただいて体制を整え、皆さんの気持ちがきちんと形になるようにしてゆきたいと思っています。
(mm)
posted by JIAみやぎ at 12:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災関連

2011年11月08日

2011-11-08石巻北上高台移転案検討会

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昨夜、JIA東北支部事務局にて、石巻北上高台移転案検討会を行いました。
前回まとめた移転案が、諸々の事情により実現が難しそうだということで、移転場所を変更しての計画案の作成です。
東北大キャンパス計画室の杉山先生、内山くん、佐々木文彦さんが中心となって、一週間ほどの短期間で叩き台をまとめてくました。

内容は良くまとまっており、提示されている選択肢は、わたしたちだけで簡単に答えを出すべきでないことが多く含まれているので、さらに多くの関係者を集めて再度検討会を行うこととしました。

(T)
posted by JIAみやぎ at 07:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 石巻北上での復興支援活動

2011年11月05日

初当選

この歳になって、初当選しました。
といっても議員さんになるわけではありません。
今まで、懸賞というものに殆ど出したこともなければ、当選したこともありませんでしたが、不意に届いた郵便物によって、当選を知りました。

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当選って、こうやって分かるもんなんですね。もっと息せき切った声で、電話が掛かってくるもんだと思っていました。

先日、仕事の途中でボーっとしていたところ、事務所でいつもかかっているラジオから、「わたしを離さないで」の話題が……!!
ここ数年読んだものの中で飛び抜けて一番面白かった、カズオイシグロの手による小説の題名です。特殊な状況におかれた少年少女のことを書いていつつ、途中から「これはわたし(たちみんな)のことを書いたものだ」と心に突き刺さってくる小説でした。

去年映画化され、ぜひ見に行こうと思いつつ、しかし、がっかりするのも怖くて、見に行く決意もつかず、見過してしまっていました。
ラジオでは「一名様にDVDプレゼント」ということで、柄にもなくメールで応募してみたのですが……、

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しかし、これって、ブルーレイディスクなんですね……。もちろん、わたしは所有していません……。

(て)
posted by JIAみやぎ at 15:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記!のようなもの…

2011年10月31日

「石巻北上集団移転」住民ワークショップ10月30日の部

「石巻北上集団移転」住民ワークショップの、「D 相川下10月30日(日)午後2時から」「E 小 指  10月30日(日) 午後7時から」の部に参加してきました。

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やはり集落ごとに、個性があり、ある地区は「独立独歩の気風」であったり、またある地区は「協調性の強い集落」であったりするようです。

新潟の渡辺斉さんから聞いた中越地震復興の際の話でこんな話があります。
「当初一番難しいと思っていた制度やお金の話は案外すぐに目処が付いた。しかし、結局二年を目標に動いていた移転が三年半掛かったのは、住民の合意形成にそれだけ時間が掛かっってしまったから。住民の気持ちが固まるのに一年以上も掛かってしまった……。結局、人の気持ちが一番難しい。」
そう聞いた話を住民の方々にすると、皆さん腕組みをして黙って何度も頷いています。皆さんも、わたしたちも、人間である以上、思い当たるフシがあるのでしょう。

……で!、そんな人類共通の普遍的な悩みを解決するべく、急遽、我々スタッフだけの懇親会をしました。
(実は前日には、にも住民の方々とのこうした集まりがあったようですが、われわれJIAは仙台まで帰らなければならず不参加だったようです……。)

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いやいや、北大と法政大のチームの仲の良さには感心しました。それもこれも宮内先生の魅力に由来するようです。
わたしも散々に呑んでしまいました……。

二つの住民集会の間に時間があったので、皆さんお勧めの「追分温泉」に足を伸ばしてきました。
皆さんの話によると、この一軒宿にきてリピーターにならない人はいない、とのこと。
北大のチームが毎年北上に入っているのも、研究対象としての魅力と共に追分温泉の魅力に「魅入られている」んだそうです。

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さて、有史以来、人類の抱える永遠のテーマの解決に向けて、壮大な一歩に歩み始めたような気のする一夜でした。(笑)
(T)
posted by JIAみやぎ at 18:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 石巻北上での復興支援活動

2011年10月29日

建築家 鎌田雅宏さんを偲ぶ会 開催のご案内

JIA会員各位

建築家 鎌田雅宏さんを偲ぶ会 開催のご案内

拝啓 錦秋の候、皆様にはますますご清祥のことと存じます。
 さて、私達の仲間であった、建築家 鎌田雅宏さんが8月31日に逝去されてから、早、2か月が経とうとしております。10月19日には、四十九日を節目に、ご家族により葛岡霊園にて納骨されたと聞き及んでおります。
 享年53才と短い人生の中で彼は、建築家としての作品づくりはもちろん、建築家協会での長年に渡る貢献、SAUの創設からの活動、ジャズ仲間との協演、友人との交流など、多くの仲間との絆を大切に送ってこられました。
 葬儀は家族葬で執り行われましたが「是非、鎌田さんとのお別れの機会を持ちたい。」との声を多くお寄せいただいており、この度、近しい仲間が発起人となり偲ぶ会のご案内をさせていただくこととなりました。
一堂に会し、鎌田さんの生き様などを大いに語り、彼を偲び元気を出し、ご家族を励ましたいと思います。
 つきましては、ご多忙の折りとは存じますが、万障お繰り合わせの上、ご参集くださいますようお願い申し上げます。
敬具
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posted by JIAみやぎ at 07:55| Comment(0) | TrackBack(0) | その他もろもろの告知

2011年10月28日

「石巻北上集団移転」住民ワークショップ

「石巻北上集団移転」住民ワークショップが下記の日程で開催されます。

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10/26(水)  若い人(+女性)中心の集まり。

地区ごとのワークショップ( 開催場所 :  相川集会所(旧医師住宅))
2 開催日時
 @ 小 室  10月27日(木) 午後7時から

 A 大 室  10月28日(金) 午後7時から

 B 小 泊  10月29日(土) 午後2時から

 C 相川上  10月29日(土) 午後7時から

 D 相川下  10月30日(日) 午後2時から

 E 小 指  10月30日(日) 午後7時から

 F 大 指  10月31日(月) 午後7時から 
  (JIAの参加) 佐々木文彦   安田

 ※11月1日、2日、3日、4日は予備日。

これは石巻北上総合支所と、北海道大学宮内研究室、法政大学西城戸研究室、NGO団体パルシック、JIAが協力して高台移転についての住民の意見集約を図ろうという活動です。

石巻北上エリアのいくつかの集落ごとに、住民全員に参加を呼びかけました。

きのうは小室集落のワークショップでしたが、
ワークショップは以下の質問に、それぞれの考えを書いてもらうことから始まりました。

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最初は散発気味だった議論も、次第に熱を帯びてきて……、

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住民の皆さんの希望はほぼ全員「高台への移転」でした。不安なことは、これもほぼ全員、「時間が掛かってしまうこと」です。

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先日の山古志視察では、住民の意見集約について、渡辺斉さんはこう言っていました。
「最初のころ、住民集会に男ばっかりが出席しているうちはぜんぜんまとまらなかった。まとまり始めたのは、地区のお母さんたちがどんどん参加し始めたころから、だった……」
「ヘンな話しだけど、やっぱり人間だから、何回か呑んで『こいつは信じられる奴だなぁ』と思えてからしか、始まらないんだよなぁ……」

そういうアドバイスを参考にしながら、今回の住民集会は、女性だけの日程を設けたり、若い人たちの集まりを設けようと、取り組んでいます。

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(手島)
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2011年10月26日

2001-10-26産直木造住宅検討小委員会

何度も続けてきましたが、何度目かの「産直木造住宅検討小委員会」を今日、行いました。

震災後はいつも思い、そして皆で頷くのですが、「物事は早すぎても、何の意味も無い」ことにいつも気付かされます。

震災直後は、物事に早く気付き一刻も早く行動することが大切だと思っていましたが、それは(ある意味で)まったく間違っています。
今回の震災のような大きな出来事があると、その時間の空気のようなものが濃密にその空間を支配し、その流れを読み空気に従って行動しないと、何の意味も無いのです。三日前であれば何の価値も無いようなアイデアが、今になると急に面白く思えるような、「時の潮目」のようなものが明らかに存在するように感じます。それはその場所にいて同じ空気を吸っていないとなかなか共有できるものではありません。
うまく説明できないですが被災地には被災地の空気・潮目のようなものがあります。そしてそれは何かの同心円状に薄まってゆき、メディアを通しては感じ取れない何かなのです。それは何か、建築体験の本質と関係もあるような気もします…。
まぁ、この空気・潮目に関しては何時かどこかできっちりとまとめてみたいと思いますが、

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そして、何回目かの「産直木造住宅検討小委員会」です。
いままで、「まったく進んでいない」のなんのと言われてきましたが(苦笑)、これについても同じように思います。
必死でなにか有意義なことにたどり着こうと模索してきましたが、今にしてみると、その「時代の潮目」が来るまでは、どうあがいたところで、何の意味もありませんでした……。
しかしこれからは、違います。時間に振り落とされ、人数もこれだけに減ってしまいましたが、それだけに選りすぐりのメンバーが揃っています。(と、思いたい)
これにあと、事情があって離脱中の○○さんが戻ってきてくれると、本当に素晴らしいと思います。
まずは「私心を捨ててオーソドックスに良いものをまとめ、みんなで共通して活用できる実績にしよう」をスローガンに、地味にエゴ(中途半端な作品性)を捨てて、先ずはみんなで力を合わせたものを実現しようとしています。
(てしま)
posted by JIAみやぎ at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災関連

山古志視察

石巻市北上総合支所の担当者と、JIA石巻北上チーム数人で、山古志の復興住宅などの見学に行ってきました。
案内していただいたのは、中越復興の際に長岡市復興管理監として活躍した渡辺斉さんです。

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四住戸の長屋形式の復興住宅。…といっても、外壁は切り離され、音の問題に配慮しています。

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高基礎式の復興住宅。法規的には2階建てのようですが、1階には十分な広さがあり、農機具小屋などとして使用されます。ただ、三階分の移動はお年寄りには少しハードだそうです。

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復興住宅内部。すごく住み心地がよさそうでした。

これらの復興住宅は基本的に地元県産材を使い、地元の工務店や職人を使い、地域で経済が循環してゆく仕組みを作り、復興を下支えしよう、という試みです。
2階の内装は一部仕上げていない箇所がありますが、(国の大金が一気投入される復興過程では)地元大工さんたちが忙しいのはいっときだけで、仕事がすぐになくなってしまうことに配慮しての工夫だそうです。

先日きいた、ある方の試算によれば、県債木材を使用し、地元工務店で地域型住宅を作った場合には、投資金額の80%程度が地元で循環するのに対し、中央資本の大手住宅メーカーで住宅を作ると、30%程度のお金しか、地元に残らないそうです。

その他一日かけていろいろな場所を見学しましたが、記憶に残ったものをいくつか挙げると……、

かまぼこ屋根の車庫。
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この地域の車庫・農機具小屋は基本的にすべてこの形だそうです。
京都駅ビルなどを設計した建築家・原広司を案内した際にはいたくこの形を気に入ってたそうです。(笑)
その話しを車中で聞いたとき、どっと笑いが沸きました。
なんで、(笑)何か分からない人は、建築の勉強不足です……。

美しい棚田。
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しかし、能登の千枚田といい、日本海側に棚田が多いのはなんででしょう?

そして、明るいおかあさんたち。
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おかあさんたちが自ら運営する食堂。
中越復興の際の被災者の心の動きを、個人の視点に立って丁寧に話してくれました。

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野菜など地元産品の直売所。
コーヒーやふかし芋をおいしくいただきました。

(手島浩之)
posted by JIAみやぎ at 07:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災関連

2011年10月24日

パイルダーオン!!

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って、笑ってくれるのは40代男子だけですよねぇ……(笑)
わかんない人は「パイルダーオン」でネット検索してみてください。中年男子の怨霊がぞろぞろ出てきます(笑)

萌えるなぁ。
posted by JIAみやぎ at 21:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記!のようなもの…

2011年10月21日

都市計画家協会『復興​まちづくり特派員』との情報交換会


以前、東北大学建築学科四年生の課題(石巻雄勝地区の集団移転についての調査と検討)発表が「せんだいメディアテーク」であり、そのゲストクリティーク(ゲスト講評者)として、声を掛けていただいたのですが、同じような立場で参加していた都市計画家の谷口さんから、連絡を頂き、石巻市での活動について、情報交換会を行いました。

いただいたメールを要約すると……、

都市計画家協会(Jsurp)の活動で、三菱商事の助成金を得て、被災地へのJsurpの中長期的な窓口として9月に『特派員制』が設けられ、自分を含めた3名が石巻・女川・東松島ブロック班の命を受けました。(全体では東北3県を5チームで担当)

都市計画協会・復興まちづくり特派員のミッションとは、

1) 被災地の復興全般および、ご尽力中の取組みについて、進捗状況・問題点・「こうできれば上手くいく」等、取組み意図や課題意識を伺うこと
2) そのうち、特に重要な事実や留意点で、広く専門家が知っておくべき、かつ掲載の了承が戴ける事項を、家協会ポータルサイトで紹介させて頂くこと
3) 各被災地に共通する悩み・課題から、必要となる今後の(専門家や家協会ならではの)活動や支援について、少し議論して貴重なアドバイスを戴くこと

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われわれJIAとして参加したのは、東北支部の復興支援委員会を総括する松本純一郎、石巻中心部で活動する白鳥誠、櫻井一弥、北上で活動する安田直民と、わたし手島が参加しました。
しかしまぁ、JIAチームはみんなしゃべるしゃべる……。特に若いのはおしゃべりの集まりで、みんな我先にと喋りまくるから、本当に疲れる(苦笑)……ああ、つかれた……。

これに懲りず、都市計画家協会の方々が、末永く我々とお付き合いいただけることを願っております。

彼らから受けた指摘をひとつだけ、記しておきたいと思います。
「これだけ活動し、他の地域よりもかなり進んだ活動を行っているのに、なぜ、この情報が、どこにも伝わっていないのでしょうか?」
それはわたしたちが行うべき最大の反省点です。

また、そろそろ、今までのわたしたちの活動や、前述の「東北大学らの石巻雄勝地区・牡鹿地区での活動」、あるいはその他の地域での活動などなど、わたしが肌身を通して知っていることについて「広報的まとめ」ではないまとめをするべき時期かなぁ、という気がしてきています。

わたしたち建築家や大学職員・研究者などの専門家も、自らをまな板に乗せて(あるいは乗せられて)、どう行動し、何をなしえて、何が出来なかったのか、開示してゆく義務があると思います。それがきちんとやれるかどうかで、われわれが、きちんとした専門家足りえるのか、それとも原子力保安院並みか、分かれるのでしょう。
つらいけれども、仕方がありませんねぇ。

手島浩之
posted by JIAみやぎ at 20:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災関連

「石巻市沿岸地域集団移転」設計支援説明会

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先日この場でもお知らせした『「石巻市沿岸集落の集団移転」にまつわる専門家支援の募集』ですが、その第一回の説明会を行いましたのでその様子をお知らせいたします。

説明会は、私たちの呼びかけに答え、支援を申し出てくれた方々に対して行いました。
私たちの活動に対しての素朴な疑問や、方針に対する疑義、など、私たちの活動に対して改めて見直す良い機会であったと思います。大変有意義な説明会でした。

というわけで、みなさん、それぞれに仕事を抱えたままで、時間をやりくりしての活動となりますが、新たに申し出てくれた9人の地元専門家を加え、13人で新たなスタートを切ります。

ここに、現在募集を開始している「遠方支援建築家」の協力が得られれば、さらに広範囲の支援が可能になります。

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「これからでも参加したい」という方がいらっしゃれば、ぜひご参加ください。

手島浩之
posted by JIAみやぎ at 06:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 石巻北上での復興支援活動

2011年10月18日

「実存は本質に先立つ」

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あれこれ思うところはありますが、

考えてみると、この世の中のすべての活動は大きく二つに分けることが出来そうです。

ひとつは、数学の方程式を解くように物事を解決してゆく思考。
与条件を与えて、それに最適な答えを模索してゆく活動です。(解けるかどうかは別ですが)理論上は世の中のすべての物事を数式化し、必ず答えにたどり着くことが出来るはずです。ただし、問題を普遍化、一般化する必要がありますし、解決に永遠とも言える時間を賭する覚悟が必要です。しかし必ず、どこかに正解はあります。

もうひとつは、「問題を多く抱えながらもその解決を迫られ、時間に追われながら、出来た範囲のことを結果として受け入れる(出来なかったことも結果として受け入れる)」方式の(問題への)取り組み方です。
これはスポーツ選手の問題解決方法もそうだと思いますし、ある意味で一番オーソドックスな課題への取り組み方法です。

実は「ある復興支援活動」ときに、さる大学の先生と話をしたときに、ハタと気が付いたことがあります。
彼は被災地の「複雑に入り組んだ」問題を前にして、呟きました。
「さて、この方程式をどう解くか……?」

私たち建築家のような実務家は、決してそういう風に物事を捉えることはありません。
正解を導き出すよりも、どんどん行動しながら必死で頭を使い、もがいてたどり着いた結果を受け入れ責任を持つだけです。その精神は本当にスポーツ選手のそれとなんら違うところがありません。
有限の時間の中で、「とにかく理屈も抜きに頑張ってみる!!」。……そう言ってしまうと、本当にバカみたいですなぁ。(笑)
相撲取りなんか、ただのデブでバカだけど(おまけにハゲ)、でも心底、肉体のリアリストです。

しかし、この「アカデミックな問題への取り組み方」と「実務家的な在り方」をうまく組み合わせることは、本当に大切なことでしょうねぇ……。


……んんん、これって所謂「実存主義」ってことなんでしょうか。
この年になって初めて、そんなことを胃の奥底でうっすらと理解したような気がしました。

と言っても、まともに読んだことないけど……(笑)。

(T)
posted by JIAみやぎ at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災関連

2011年10月17日

「石巻市沿岸地域集団移転」設計支援協力建築家の募集


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無声映画風に、ずんずんとにじり寄ってみました。
見るからに、素晴らしく美しい地形ですが、東日本大震災で壊滅的な被害を被ったこの地域における専門家支援についての募集です。


1.はじめに  
 このたびの東日本大震災に伴う大津波によって、東北地方沿岸部の都市・集落は甚大な被害をこうむりました。その都市機能や集落機能は、津波によって根こそぎ奪い去られ、これらの集落はまさにゼロからの再建を余儀なくされています。それらの再生までの途方もない道程には、我々建築家の専門技能が必要であります。また、今まで土木的な業務の範囲内にとどまっていた宅地造成や集落の再編などにも、我々建築家の人間主体の専門的見地をもって取り組むべきだと考えます。事実、わたしたちが先駆的に関わった集落では、我々が建築的スキルを駆使することによって、造成コストを1/5程度に抑えることが可能となった場合もあります。今回の震災は、わたしたち建築家にとって、自らの職業的責務を明確にし、社会に対しての私たちの仕事の重要性を訴える大きな機会となると思います。

2.問題点  
 今回の大津波による被害範囲は広範囲にわたり、多くの専門家の支援が必要になっていますが、被災地域は過疎の問題を抱えた地域も多く、それらの地域に建築家が極端に少ないことも今後の復興を大きく妨げる原因になっていると思われます。また、こうした集団移転には住民の合意形成が何よりも重要であり、私たちにとっても手間の掛かる業務となります。私たち被災地に近い建築家の有志は今までこうした活動を何とか展開してきましたが、数の少ない私たちだけで、これ以上の活動を展開するのは不可能な状況です。また「更に多くの被災地に入って欲しい」という地元からの要望は多く聞かれていますが、それに対してわたしたちは返事すらしていない状況でもあります。

3.問題解決の方法の提案  
 先ずは、支援の申し出を下さる建築家をふたつのグループに分けます。ひとつは、被災地に近く、住民と直接接することの出来る「地元建築家」のグループ。もうひとつは、被災地から遠く頻繁に被災地に通うことは出来ないが、遠くからでも専門家としての職能を発揮することを希望する建築家(遠方支援建築家)のグループです。
 このふたつのグループが連携して、ひとつの集落の支援を行います。「地元建築家」は住民たちとワークショップを行い、住民の意見を吸い上げます。「地元建築家」はその結果を持ち帰り、「遠方支援建築家」と一緒に必要な専門家支援について検討します。必要な作業を「遠方でも可能な専門家作業」と「近くでしかできない専門家作業」に分け役割を分担します。作業の成果は「地元建築家」が住民たちとのワークショップに持ち込み、結果を持ち帰ります。この繰り返しによって小集落の専門家支援を行い、一件当たりの作業負担が軽くなった「地元建築家」は、他の地域の支援に乗り出すことが可能になります。

4.「遠方支援建築家」と.「地元建築家」について  
 「遠方支援建築家」はどんな地域の建築家でもかまいません。個人でも団体でも構いません。基本的な支援は、集団移転地の造成案の作成と、出来れば、その土木的積算、それらを住民に説明するための資料作成、模型作成だと考えています。「地元建築家」の基本的な支援は直に住民と接し、住民の意向を吸い上げ、住民に造成案を説明し、住民の疑問に対応すること、です。

5.支援場所  
 現在、我々は石巻市北上総合支所の管内で活動を行っており、隣接する地域の集団移転支援を行って欲しいとの要請を受けておりますが、今後の具体的な活動地域については、地元住民や市役所の方々との協議の上で決まると思われます。また、石巻市北上エリアだけでなく、宮城県沿岸部被災地の多くの地域がこうした専門家支援を必要としています。

6.費用について  
 交通費や資料作成にかかる実費については補填を行いたいと考えておりますが、現在のところ費用調達の目途は立っておりません。しかしながら、地域で活動する建築家としては多少の「費用の目途が立たないからて被災住民に対する支援はできない」とは言えない状況なのです。
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 派手な中心部での活動を尻目に、「あまり脚光を浴びない地域を、地味にのんびり、しかし着実に、支援して行こう」とJIA有志で地味に始まった活動ですが、そろそろ、次のステップに進み、あるいは支援エリアを広げるべき時期に来ています。
 もし「気持ち」のある方がいらっしゃれば、ぜひご参加ください。問合せだけでも構いません。

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問合せ先:  JIA 宮城地域会復興支援委員会 副委員長 手島浩之
(社)日本建築家協会(JIA)東北支部事務局
〒980-0802 仙台市青葉区二日町17-21 北四ビル3F
TEL022-225-1120 FAX022-213-2077
E-Mail:shibu@jia-tohoku.org
URL http://www.jia-tohoku.org/


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2011年10月15日

十和田・弘前紀行

きのう、弘前の、いやいや、東北の若きホープ、蟻塚学さんの「東北初の新築プロジェクト」のオープンハウスがあるというので、手の空いたスタッフを引き連れて、行ってきました、はるばる弘前まで……。

ちなみに、夜もあけぬ五時事務所出発でしたが

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とにかくスカッと抜けた「快晴」でした。

まずは十和田市現代美術館の見学。
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建築はすごく面白かったです。
……しかし、現代美術はいつの間にか、良く出来た「お化け屋敷」なりつつあるなぁ…・・・。
一体、アトラクション以上の何があるんでしょうかねぇ。

「高尚でなく、特別でない、素の驚き」っつうのは、そういうことなんでしょうねぇ。
そういう面白がり方がすごく新鮮に見えた時期もありましたが、もうはるか昔のような気もします。それに比べると、建築はまだまだフレッシュで、健全ですなぁ。

その隣にある公衆トイレ。これも西沢リュウエさんだと思う。
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本当に基本的なスケール感や寸法だけをきちんきちんと守った建築だと思います。最近はやりの「へんてこな寸法」などといった嘘くさいことにはまったく見向きもしていません。

最近、何にも分かっていない頭でっかちの若い雑誌編集者に限って、「あのヘンな寸法感覚はどこからくるんだ。彼は天才だ」なんて言うんだよなぁ……。坂本一成を指してさ。

あ。閑話休題。


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草間弥生は、遠巻きに見ておきました。

それから八甲田山を抜けて、弘前に向かいますが……、
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山中はマッカッか、まっきっき、で……、

そして、やっと見えてきました。岩木山。
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……だと思う。
ここでちょうど昼の十二時で、蟻塚さんに電話し、ここら辺の名物料理を教えてもらいました。
そしてたどり着いたのが。ここです。
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ここの「つゆ焼きそば」が名物らしく、それを目指してたどり着きました。

「つゆ焼きそば」と言われても、姿がまったく見当が付かず、不安にかられてショーウィンドーで探してみたのですが、
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これを見てどれがそれだか、分かります???

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どう見たって、「とんかつラーメン」ですよねぇ。と言っても「とんかつラーメン」すら食べたこと無いですけど……。

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そして出てきたのがこれ。
焼きそばを、とんこつスープに入れるそうです。
焼きそばと、とんこつラーメンと、とんかつ。この世で一番ヘビーな食べ物をぜんぶ一緒にする必要がどこにあるのか?

三食に分けて食べても十分なボリュームでした……。


さて、お口直しに「オープンハウス」。

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弘前の前田卓さんも参加して簡単な批評会めいたことも行いました。
しかし本当に、思うんですけど、建築に情熱を持っている人と、建築の話しをするのは本当に楽しい。ましてや、その人の作品を前にして話しをするのは格別です。
前田さんが後輩を育てようと、気になった点を一生懸命に指摘しているのが印象的でした。

そして前田さんにもひとつ見せていただきました。
「小田切さとる法律事務所」
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せっかくなので、近くの前川國男作品をひとつ、前田さんに推薦してもらい、見てきました。

弘前の斎場。
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手島浩之
posted by JIAみやぎ at 21:36| Comment(0) | TrackBack(0) | オープンハウス見学記

2011年10月13日

高台移転住民説明会

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一昨日昨日と、石巻市北上総合支所による「高台移転住民説明会」が石巻市相川地区保育所似て行われ、「相川・小指」「大室・小泊」地区の集団移転案について説明してきました。

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住民意向調査等で協力して活動してゆこうと、北海道大学、法政大学、ボランティア組織の方々とも話しが進み、ゆっくりですが、この活動も次のステップへ向けて、動き出そうとしています。

更なるメンバー募集も行っていますが、それについては次回にご報告いたします。

てしま
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2011年10月11日

「弘前の平屋(仮)」オープンハウス

弘前を中心に、日本列島を縦断しつつ活動する、蟻塚学建築設計事務所の蟻塚さんからオープンハウスの案内です。ぜひご参加ください。
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みなさま

いつもお世話になりありがとうございます。
このたび私どもが設計監理を行った住宅プロジェクトの完成に際し、オープンハウスを開催させていただきます。つきましては、お世話になっているみなさまにご高覧いただきたくご案内致します。

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「弘前の平屋(仮)」オープンハウス


南面に木製建具と木製サッシによるサンルームを備えた、北国における新しい可能性を持った生活空間。「津軽の実験住宅」でのいくつかの実験結果が応用された、初めての新築プロジェクトとなります。


日時:10月14日(金)、15日(土)/ 予約制 10:00〜16:00
場所:青森県弘前市内(お申し込みいただいた方に別途住所等をお伝え致します)


※個人住宅であるので特段の配慮をお願いしたく、以下のことについてご理解とご協力をお願い致します。
・事前にお申し込みいただく予約制とさせていただきます
・住所等はお申し込みいただいた方のみにお送り致します
・見学の際にはスリッパと手袋の着用をお願い致します
・付近には時間駐車場が少ないので、可能な限り公共交通機関などでご来場下さい


予約・問合先: manabuaritsuka@yahoo.co.jp (蟻塚学建築設計事務所)

ご不明な点等ありましたら遠慮なくお問合せいただければ幸いです。

どうぞよろしくお願い致します。


蟻塚学
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蟻塚学建築設計事務所
弘前市南城西2-1-9
広島市西区商工センター3-6-39
0172-88-5620
manabuaritsuka@yahoo.co.jp www.aritsuka.com

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2011年09月25日

結局

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結局、翌朝一番の新幹線で仙台を出発し、一路京都を目指しました。順調に行けば10時38分に京都に着き、11時から桂離宮見学、午後には修学院離宮見学が見学できるのではと、宮内庁京都事務所に電話で内諾もいただいておりました。
ところが、昨夜の台風15号の影響で、東京発の新幹線が15分遅れで出発し、京都に着いたのは10時58分ころ。11時からの回には間に合わないとのことで、桂は諦めかけたのですが、宮内庁に電話をしたところ、「事情が事情なので、桂か、修学院のどちらかお好きな方をひとつを選んでください」
それで、午後一時半から桂離宮を見学することになりました。

一時半までの空いた時間に、ぶらりと立ち寄ったのは、まずは西本願寺です。
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飛雲閣の見学が予約制だと知らずにぶらりと立ち寄ったのですが、翌日の見学の申し込みをしておきました。
そして、隣の塀の隙間から、ちらりと見える飛雲閣です。
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次いで東本願寺。
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なんだかどこも修理中ばかりですな……。

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さて、ここからタクシーを飛ばして桂離宮へと急ぎました。

「修学院のほうが断然良い」「行くとがっかり」という声も多くあり、人によって評価の分かれる「桂離宮」ですが、結論から言うと私としては、抜群に良かったです。
「涙が出るほど美しい」
ひとつひとつ、写真を追って説明するのも野暮な感じもするのでパラパラと写真だけ並べてみると……、

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「園林堂」……これなんか、写真で見ていてつまらない建物だと何の期待もしていなかったのですが、飛び石を辿ってゆくと突然に大きな庇の下に入る構成になっていて、すごく面白かったですね。
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書院。

これなんか行ってみると「モダニズムそのまんま」でしたね。
この写真中央の構成は、今見ても面白です。マッスがあって、少し何かを反転させて、また、ボリュームを連続させているような……。こういう構成の方法って、現代的ですよねぇ……。

「小堀遠州の庭」「閑谷学校の小斎」に行っても思いますが、このころの日本建築って何か近代的精神のようなものをすでに達成しているようにも思います。なぜそう感じるのか、自分の考えを辿ってみると……、
『「造っている作者(建築家)個人の好みを隠すことなく披露して、公の場に持ち出し、そしてそれが作品として成立する」ことを微塵も疑っていない』んだと思うんですよ。そういう、個人と公の関係が何か、近代以前と以降を大きく隔てており、この時代の傑出した建築はそれをこちら側に大きく踏み越えてきている、と感じます。
これほど秀逸な建築を見ると、時代を飛び越えて、見る私たちにダイレクトに語りかけてくるような、そんな感じがするんです。「近代」ということの解釈は人によっていろいろとあると思いますが、わたしが建築を通して学び取った「近代」という感覚はそういった「個と公の関係」です。
これ以前にもすごい建築はたくさんありますし、そういうものを見て感動もするのですが、作者が語りかけてくるように感じるのは、ある種の「近代的精神」を宿した建築以降ではないでしょうか?

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(手島 浩之)
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2011年09月21日

「桂」前夜

十数年来、何度も長期休暇のたびに申し込み、申し込んでは断られして、いつしか、申し込むことさえ疲れ、ひょっとして自分は何かのブラックリストに載せられている身ではないかと訝しく思うほどに思い詰めた「桂」…。

あるJIAの先輩であるM大学のS先生の計らいで、あっさりと拝観許可のはがきを手にすることが出来ました。そのときのうれしさったら、自分が宮内庁から後ろ指を指される日陰の身ではなかったことへの晴れがましさと、桂見学の念願叶ったワクワクとで、喩えようの無いものでした。よく考えたら、私は正月休み、ゴールデンウィーク、夏休みと大型連休の帰省時を狙って申し込んでいたのですから、外れて当たり前といえば当たり前だったんです、きっと!

はがきを手にした日からカミサンと指折り数え、次女は次女で、長女しか経験の無かった念願の飛行機に乗れると大はしゃぎでした。私とカミサンは、京都駅まではこどもを連れてゆくものの、そこからこどもふたりを新幹線に放り込み、実家のある岡山駅で父親に拾ってもらおうという魂胆でした。あとは京都で、桂離宮に・修学院離宮、そして何度行っても飽きない三十三間堂かなぁ、それとも前回訪れたものの改修中だった飛雲閣かなぁ、などと思い巡らせて……。

見学前日である今日の夕方の飛行機で、仙台空港から伊丹空港へと前入りするつもりだったのですが、何とまぁ、すごい台風「台風15号」が名古屋に大被害を与え、どんどんこちらに近づいておりました。最初は、まぁ大丈夫だろうと高をくくっておりましたが、前夜に兵庫に住む妹から「すごい台風だ」との電話があり、今日は朝からずっとインターネットの運航状況を気にしていました。
インターネット上のJALサイトでは、わがJAL2210便は「いつ欠航になっても仕方の無い便」に指定されているもののここまでの伊丹便はすべて順調に運航しているような状況でした。

しかし、方々のニュースでは、新幹線の何本が運休だとか、仙台空港発の飛行機何便が欠航だのと、次第に騒がしくなってきます。うちのカミサンからも頻繁に電話が入るようになり、妹からは関西の台風の凄まじさを悲観する電話も入り「私の勘ピーターでは8割方欠航だと思うよ」と言い残して電話を切り……。

結局、カミサンと話し「早めに仙台空港に行ってみよう」ということになりました。
車を運転し、空港ビルに到着するなり、カミサンはターミナルビルに駆け込んで、話しを聞いてくると、どうやら、我がJAL2210便以降の便はすべて欠航が決まったようでした。しかしひとつ、朗報があり、ANA便はまだしつこく17時30分発の便を飛ばす気十分だということです。
「それに賭けよう!」ということで、自家用車を民間駐車場に置きに行ったのですが、そこでハタと気付き、カミサンに「チケットは取ったのか」と聞くと、「まだ」とのことで慌ててターミナルビルに引き返しました。カウンターに行ってみると、案の定、あっという間にANA便のチケットは売り切れていて……、そりゃぁ、JAL便の欠航が決まった途端に、搭乗予定だった皆さんは一斉にANA便に飛び乗りますわな……。

「しかし、まぁ、このANA便もどうせ欠航になるよ」
とお互いを慰めつつ、ネットで検索してみると、東京から始発の新幹線に乗りさえすれば、9時からの「桂離宮」拝観にはギリギリ間に合うことがわかり、じゃぁとにかく仙台駅まで引返そう、ということになり、仙台駅まで車を飛ばしました。
チケットを買い、全席指定の「はやて」に座席指定も無く駆け込んだのですが、駅の構内のムードはどんよりと重苦しく、ここでも30分ほど前の便から運航を停止しているようでした。

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気持ちとしては何が何でも明日は京都だとの思いがあり、何の根拠も無く駅弁とビールを買い、デッキ付近にゴザを敷いて、こどもたちに駅弁を食べさせ始め、こどもたちもはじめこそ「普通の席より断然面白い!!」と大はしゃぎだったのですが、だんだん「ねぇ、なんで普通のお席じゃないのぉ?」とごねはじめる始末……。

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駅員さんに食い下がると、「新幹線は風速25mで運行休止することになっているが、仙台東京間で、35mを越えている箇所が3箇所もあり…」

結局、しばらく粘るも、新幹線は一向に動こうとせず、明日の始発で京都に向かうことにしました。京都駅到着は10時半過ぎ……。ちょうど桂離宮見学が終了する時間でありんす……。

こうも酷い台風では、タクシーもなかなかつかまらず、苦労しました。
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とにかく家にたどり着き、止せば良いものを少し意地悪な気持ちで、あのANA便はどうなったか、ネットで確認すると、しっかり、飛んでました……。あーあ!!

またひとつ、もっと余計な検索をしてしまいました……。

「 東北新幹線【運転再開】 台風の影響で、運転を見合わせていましたが、20:00現在、運転を再開しています。なお、列車に遅れや運休が出ています。」

(てしま)
posted by JIAみやぎ at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 建築雑記

2011年09月06日

青ビルさんと白ビルさん。銀ビルさん。

秋晴れのこの日、ふらりと町を散歩していると、急に視界が青一色に染まってしまったように思い、「立ち眩みか」とおののいたのですが、
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空の青さに溶け込んだような青です。

その隣には!、
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ついでにいつも気になっている、鎖帷子でからだを固めたような、こいつ。
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(mm)
posted by JIAみやぎ at 19:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記!のようなもの…

2011年09月03日

DADAさん25周年展覧会

建築工房DADAさんの25周年展覧会とオープンハウスがあるというので、行って来ました。

六丁の目の大きな敷地に、オーナー住戸つき集合住宅と、クリニック、薬局の三つを手掛けています。

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集合住宅です。
震災当日が引渡しだったとのことで、その後すぐ満室状態だそうです。

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クリニック

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薬局

その前に参加した谷口みのりさんのオープンハウス。
優秀な女性建築家としてある人に教えてもらい、はじめてお会いしたのですが、丁寧につくってあり、非常に好感を持ちました。

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1階、2階共におおらかなワンルームになっていて、クライアントのおおらかな生活をそのまま形に写し取ったようで面白かったです。

(H)
posted by JIAみやぎ at 17:00| Comment(0) | TrackBack(0) | オープンハウス見学記

2011年09月02日

つらつらと思うこと……。

「日本建築学会作品選集」という日本建築学会の主催する雑誌があるのですが、先日、その選考審査のために、もう一人の審査委員と一緒に、あちらこちらに遠出をしてきました。
わたしがお付き合いしたのは3日間だけですが、選考委員長である「彼」はそれに倍する日程を他の審査員との現地審査に加わっています。
「委員長であることの義務として、すべての現地審査に加わる」というのが彼の意見ですが、予算内に収まりきらない経費の相当分は彼の自己負担となっています。それでも構わないから、審査される側をぶった切る者の責務として(書類などではなく)建築のナマの姿を見て判断する、という覚悟の賜物です。

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上の写真はこの一日の審査のなかで一番美しかった建築シーンです!!(苦笑)なんちって!!

長時間ドライブの割には建築的成果の少なかった一日でしたが、猛烈渋滞中の車中では、いろいろな話をお聞きでき、本当に楽しかったです。

良い建築を残そうと奮闘すればするほど、設計事務所の経営は大変だとの話になった際に、その「彼」はこんなことを言っていました。

「基本的にはね。お金の話は、それぞれの個人のお金に対する考え方の違いでしかないんだよ。
……ある建築家は『これだけ時間をかけて取り組んだけどいい成果が残せなかったから、きちんとしたお金はもらえない』って言うし、こっちの別のやつは、『労力も掛けなかったし、出来たものも良くないけど、お客さんが喜んでいるんだから良いんだ。そのぶん儲かった!』って考えるんだよ。……事務所が儲かっているのかどうかなんて、詰まるところ、『自分がお金に対してどう考えているか』だけなんだ」


素晴らしい洞察ですなぁ。
自分の金銭的欠落をこれくらい簡単に言い当ててくれた人は初めてです(笑)

あれ以来、ずっとあの言葉が頭の中でリフレインしております……。


(てしま)


posted by JIAみやぎ at 20:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 建築雑記

ビアパーティ

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毎年恒例のボウリング大会が、震災の影響なのか中止になったようで、その代わりなのでしょうか、ビアパーティがありました。

この日の未明に、私たちの仲間である鎌田さんがお亡くなりになり、乾杯でなく、静かな献杯での幕開けです。

旧北上町の漁村集落集団移転を手伝いたいと、志願してくれる人もおり、大いに盛り上がりました。これについては早急に再度募集をかけるつもりです。

しかし、震災疲れなのか、最近の会議ではどうしても雰囲気がぴりぴりしてしまうのですが、こうして呑んでいると、前回の会議では意見が対立してしまった者同士も何もかも今までどおりで、本当に楽しかったです。
こういう機会はどんどん増やしたほうがいいなぁ。次は「みやぎ」の芋煮会ってことで、どうでしょうか?

(て)
posted by JIAみやぎ at 06:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 酔っ払いクロニクル

2011年08月29日

ひさしぶりの「石巻まちカフェ」と、「北上十三浜某エリア防災集団移転支援活動」ひと区切り

縁が深く、しょっちゅう石巻には足を伸ばすものの、オープニングイベント以来素通りしていた「石巻まちカフェ」にて、無料建築相談を行うとのことで、相談員として駆り出されてきました。
ああ、まとめなければならない基本設計数件を事務所に残しての遠出です……。本当にええのんかな、こんなことしてて……。(苦笑)

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「石巻まちカフェ」は、担当する白鳥さん、櫻井くんの奮闘もあって「カフェ」らしくなっていましたね。
その無料相談では、相談を受けるとすぐに現地に行って、状況を確認することを旨としていました。そうして訪れたビルでは、ほこりの舞う真っ暗の屋根裏らしき空間を這うようにして調査を行いました。増築に増築を重ねて迷路のようになった空間の果てに、突然に出くわした、屋上から見る青空は本当に綺麗だったなぁ……。

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しかしふと視線を下ろすと、取り残されたこんなものが無残にも転がっていたりします。
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次いで、「北上十三浜の某漁村集落」の集団移転の支援活動のために、仮設住宅を訪れました。

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なんともまぁ殺風景な建物ですが、市役所で被災者支援を行っている人が、住民たちと深く接するうちにこんな風に感じたといっていました。
「避難所にいるときには、いろんなものが支給されることもあって、仮設住宅に引っ越すことに不安を感じ『ずっとこのままでいても良い』とみんなが思うけど、一度仮設住宅に入ると『出来るだけ早くここを出て、もっといい生活をしよう』と思うようだ」

そのとおり!!
被災民にそう思わせ、自立を促すために、国と県と、プレ協は一致団結してわざわざ殺風景なデザインを施しているんです……。ここでは住み心地の良さそうな路地空間など、決して被災民のためにならないんです。……すいません。冗談です。

仮設住宅脇の集会所のような場所で、住民代表の方々とワークショップを行いますが、こうした催しはこれで3回目です。
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前回は、集団移転の造成案を幾つか説明し、意見を伺っていましたが、今回は更に造成工事費の算出の精度を上げ、現実可能な案に研ぎ澄ましていっています。
また、前回の打合せで住民の方から「是非調べて欲しい」との要望のあった、「災害公営住宅」についても、現行法規の範囲内で可能な限り調べたことを説明しました。

千年に一度の大津波で「家族だけを残して」すべてを流されたひとたちは、こうしてまた「あらゆる手段を足掛かりにして」立ち上がろうとしています。

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計画の説明は、土木的素養のある高橋さんを中心に進められ、それを補足する形で、二箇所の計画案の詳細を、それぞれ役割分担して作業を行った「ソイソースの安田くん」と私・手島が説明しました。
今回の集団移転では、我々が行ったように「土木と建築がそれぞれの長所を活かしながら、それぞれの短所を補う形で計画すること」が重要だと感じました。そうした作業によって造成工事費は何分の一にも圧縮できる可能性があります。

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議論が白熱してきたころ、タイミングよくビールが……。
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嗚呼アア。うまい……。

住民の方々が用意してくれた「つぶ貝」です。
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枝豆のように手が止まりません……。
そして、刺身と、ぶりの味噌煮もうまかったなぁ……。ぶりの味噌煮はひそかに三人前を頂いてしまいました……。

その晩は集会所にいつの間にか雑魚寝してしまい……、朝五時前にもぞもぞと起き出して、朝もやの中、家に向かって車を走らせました。
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ああ、美しい入り江。

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こうした活動を共にする仲間の中で白熱した議論のことが、ふと頭をよぎりました。
こうした「北上十三浜での集団移転支援活動」は基本的に我々のボランティア活動によって成り立っていますが、今後どうやってこうした活動を継続させてゆくか、そして支援を必要としている他の地域に広げてゆくかについてです。
要するに活動資金捻出についての悩みです。
このままじゃぁ、しなくてはならない支援活動もそのうち出来なくなる、といつもそんな話になります。
「赤い羽根共同募金や、日本財団などのファンドの支援を申し込もう」ということになっていましたが、何だか、そんなことを考えるのも面倒臭くなってきたなぁ……(笑)
……余計なことを考えずに、待ってくれているお客さんのところへ帰っていって……、どっぷりと建築に浸かって、建築以外のことは一切頭の中から追い出そう。そうして良い建築をどんどん創ってやる。
そんなことだけを考えてやっていきたいなぁ……。
……だってそういうのは苦手だし、面倒くさいもん(笑)。建築だけやっているのが一番いいなぁ。

焼酎を飲みながら漁師の人が言っていたことを思い出しました。
「ワカメの種付けさえ出来れば、何とかなる。最初の数年はじっと我慢して稼いだ金を全部つぎ込んでどんどん養殖量を増やしていけば、生活は建て直せる」

話の主旨は違っているかもしれないけど、仕事をじっと見つめる目は、どんな仕事も似たようなもんだなぁ。と不意に笑いが漏れました。

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世界に誇れる美しい集落が復活するといいなぁ、と密かに思った瞬間でした。

手島浩之
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2011年08月15日

最近目にした、優れた天井を持つ建築、二題

うだるような猛暑の中、文字を入力する気力も失せ果て……、無声映画でも見るように、映像をお楽しみください。(苦笑)

先ずは、岡山市のオリエント美術館です。
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建物だけ見ると決して古臭い感じがしないのですが、トイレだけは妙に旧式な感じがしました……。
また、この「便所」ってロゴも妙に旧式な感じじゃぁありませんか?
こういったデザインの部分の進歩は、近年凄まじい勢いですなぁ。

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他にも多くの受賞プレートが掲げられていましたが、「JIA25年賞」だけお見せします。(笑)

ついで、福井の「東尋坊」に立ち寄った帰りに寄った「山代温泉」にある施設です。
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「古総湯」という名前の建物だそうで、公共銭湯です。明治のころにあった建物を、写真を元に復元したようです。しかし内部空間はかなりモダンな構成なので、現代の考案だと思われます。

男風呂の内部……、変態だと間違われないよう、こっそりと撮りました……。
あ!よけい怪しいか!!
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2階は休憩所になっていて、こんな感じどす。
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(て)
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