2010年10月31日

「へうげもん」と「テルマエ・ロマエ」を本屋で並べてみて、思うこと。

「何か、書かねば!」と焦燥に駆られ、筆を起こしたのですが、特に心に引っかかることもありません……。

あ!ひとつありました!
恥ずかしながら、今日購入した「書籍」について。

娘二人を連れてぶらりと寄った本屋でのことです。ああ、久しぶりの休日なので、ゆっくりと本でも読みたいなぁ、と思い立ち寄ったのです。最初に言っておきますけど、目的は決してまともな本ではないです。
目当てとして、真っ先に頭に浮かんだのが、いつか、このブログでも取り上げた「へうげもん」です。前の巻を買ってしばらく経っている気がしたので、そろそろ新しいものが出ているかなぁ、などと楽しみに思いながら書店に向かいます。
それがありそうな書棚に向かう前に、「平積み」になった本を一通りチェックします。目に留まったのは「テルマエ・ロマエ」の第二巻ですが、こちらは「前評判の高さ」につられて、数ヶ月前に第一巻を買ってみたものの、中身はわたしの好みにそぐわなかったので、スルーしました。しかし、自分自身の感性をそうも信じ切れないので、この二巻目に対しての未練はかなり残っています。これで納得がいかなければ、私自身納得して「性に合わない」の烙印を押すのですが、いまのところそんな自信は持てません。

「へうげもん」は平積みになることもなく、平然と棚に並んでいました。
「11巻」まで……。
果たして自分がどの巻まで買ったのか、ふと疑問に思いましたが、いま時の本屋さんは、立ち読防止のため、新刊本にはきちんとラッピングをしています。内容は確認出来ません……。
二十年前であれば、何らかの措置をとったはずだと思います。書店員に頼み込んで封を開けさせてもらうか、一旦うちに戻って手持ちのものを確認するか、週刊誌の袋とじ企画を覗き見るかのように細目を開けて中を盗み見るか……、
しかし、年を取るということはある意味で、すばらしいことです。すべての残念な結果を想定しつつ、「めんどくさいなぁ、まあ何がどうだっていいか」と思い、大して深くも考えずに買ってしまいました。
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案の定、前に買った巻でした……。

最初に開いた一ページめから、「ああ、やっぱり!」と思いましたが、悔しいので気にせずに読み通しました。最近、こんなことは良くあるんです……。わたしにもとうとう「老人力」がつき始めているんでしょうねぇ…。(苦笑)

さて、唐突に、気になって買わなかった「テルマエ・ロマエ」と、持っているかなぁと思いつつもやっぱり持っていた「へうげもん」の比較です。まぁ、このあたりの唐突さも、老人力のなせる業ってことでひとつご勘弁を!

誤解を恐れずにいえば、どちらのマンガも「題材はインテリ風だけども、中身はお馬鹿さん」を真骨頂としたマンガです。しかし、わたしにとっては、この二つは決定的に隔たっています。その理由を、この重複して買ってしまった第11巻を読みながら、感じてしまいました。これは決して「560円(税別)」の元を取ろうとしているんじゃありませんよ!
この11巻には主人公である古田織部と朝鮮の女性陶工との性愛、と古田織部と彼の奥さんとの愛情について少しだけ触れられていますが、わたしはこのくだりを読んでふと感心しました。たぶんこの作者にとっては、理想を追い求める創作活動と、現実の生活の間にほとんど隔たりがないのではないかと思います。

どう皆さんに説明していいのか、困ってしまいますが…、
思いつくままにひとつ例にとると、小説家が、ほかの小説家の小説を批評するときに「あれは女が書けていない」と表現することがありますよねぇ。たぶんわたしが感じていることはそれに似たことだと思います。
「自分の実生活や、日常的な欲望、皮膚感覚の延長として、世界が描けているか」

建築や、小説、マンガに表現しようとする題材は、基本的にその作者が理想とする何かを表現しているのでしょうけれど、その理想とする何かが、「個人の日常の延長としてある世界」か、それとも「日常とは切り離されたもの」かでは大きく隔たっています。
恥ずかしいほどの極端な例で言うと、ポルポト派や紅衛兵的な理想の持ち方か、そうでない理想か、と言うことでしょうか?

「テルマエ・ロマエ」をポルポト派で断罪するのも本当に乱暴ですね。すいません!
…でもなんか、温泉っていう、「裸」の、悦楽的な題材を扱っている割には、個人的、肉体的快楽の味わいが伝わってこないんですよねぇ…。

「個人的、肉体的快楽」っていうと、皆さんに凄い事を想像させてしまうかもしれませんが…、
「サルの毛づくろい」的な心地よさと「性的な快楽」と「芸術」をひとつの地平で語れているかどうか、あるいは、語ろうとしているかどうかって言う意味で「へうげもん」は凡庸なマンガではないと思ってしまうわけです。

建築の世界でもこの手の話は多くあります。
ほとんどの建築学生が、「理論や哲学をこねくり回して新しい建築を作り出してゆく」手法に憧れ、熱中するものです。「そうした理論の中に物事の本質が設計図のようにきちんと書き込まれており、それに直接触れていると言う妄想」にとりつかれ、後先省みずに突進してしまうものです。
しかし今になって振り返ってみると、それは本当に「前衛」なのだろうかと疑問に思えてしまいます。たぶんそれは「前衛のための『前衛』」なのです。
音楽を聴いてみてもそうでしょう。50年前に前衛ともてはやされた音楽の中にも、いまやポップス同然に自然に聞こえてくるものもあれば、時間を経るごとに陳腐に成り下がってゆくものがあります。建築の世界でも時間が経てば経つほど自然に溶け込んでゆく前衛もあれば、正反対のものもあります。

結局、本当に芸術として成立するか、ただの「(実験ともいえない実験のための)前衛のための前衛」の分かれ目は、現実の生活の延長線上でリアルに感じているかどうか、だけだと思います。もちろん、これは見えない未来に向かってチャレンジすることを否定しているのではありません。未開の分野にチャレンジし切り開いてゆくことは、本当に大切なことです。
ただ、「本物のチャレンジ」が陳腐に見えないためにも、「前衛のための前衛」はきちんとそういう清算を受けるべきだと思います。


あーあ!この説明がこんなもんでもまぁいいか!と思えるのは、これも老人力のなせる業ですね。

でも「テルマエ・ロマエ」がわたしには面白くなかった理由は、きっと、こんな大それた理由じゃなかったですねぇ。もっと単純に肌に合わなかっただけだと思います。人にいろいろなことを思わせてくれる漫画だってだけで、本当にすごいことだと思います。

こんな話題になってしまうのも、実は今朝娘二人を引き連れて、その「温泉的快楽」を貪ってきたからなんです…。
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裏の庭園からの写真しか撮れなかったのですが、うちではよく利用させてもらっています。
施設の詳しい説明は、たぶん設計者からあると思います……。

ね!

手島浩之
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2010年10月28日

「磯崎新の『都庁』」平松剛

同じ平松剛さんの「光の教会 安藤忠雄の現場」を読んだ時には、正直言ってあまり面白いとは思いませんでした。わたしたちにとっては基本的に目新しいことは何一つありませんし、安藤さんがどんなに身勝手だったとしても、それは十分に想像の範囲内だというか、もっと面白いエピソードは幾らでもあるんじゃないなぁ、などと思っておりました。
「現実の建築家やアトリエ事務所の所業をかなりオブラートに包んでしまっている!」というのが正直な感想でした。
「コミカルな描写でごまかしてるけど、実際はもっとひどいぞーっ」というのが、読了後に沸き起こった心の叫びでした。

この本を手に取った理由も、基本的には「酒を飲みながらでも読めそうな、軽い本」くらいの気持ちでした。
一升瓶を抱えながら、かなり酔っ払った頭で読み始めたのですが……、
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なめちゃいけません!
予想に反して本当に面白い本でした。
磯崎事務所のスタッフも今をときめく建築家たちがずらりと揃っていますし、師匠であり、敵役でもある「丹下健三」の悪役ッぷりもどうに入っています。
丹下さんが死んだから書けたのかなあ、とも思いますが……

都庁コンペに焦点を当てて、磯崎新と丹下健三を描くことによって、戦中からバブル期までの日本の建築界を活写することに成功しています。
それもしっかり冒険活劇調のエンターテイメントです。読み始めると、結構わくわくどきどき、磯崎さんとスタッフの七転八倒の活躍に一喜一憂します。
「光の教会 安藤忠雄の現場」を読んだ時に感じたコミカルなタッチが、この本では逆に良い方向に働いているのかもしれません。

こういった建築を題材にしたノンフィクションというのは、他にはあまり記憶は無いのですが、こういったことをこれだけ丹念に書いてくれると、本当に建築界に対する貢献度はかなり大きいと思います。
ある部分でしっかりと批評的要素も持ち合わせているし……。
平松剛さんの今後の活躍に、建築界の未来が掛かっているともいえるかもしれません。いや、本当に!

しかし!この「都庁コンペ」が多くのドラマをはらんだ激闘だったということは、よく分かるのですが、(一般にも言われるように)磯崎さんの都庁案が本当に良い案だったかといわれると、どうしてもその点だけが納得できないのです。ひとによると、「磯崎さんの最高傑作」って評価している人もいるもんなぁ……。
先見性といい、言葉での表現といい、磯崎さんの活動はもちろん、素晴らしいと思うんですけど、デザインに関しては、
「ヘンテコさが、心に引っかかって話題を呼ぶ」んジャないのかなぁ……、ねぇ、みなさん!違いますか?

ちなみに裏表紙の丹下師匠は、こんなにチャーミングに笑っています。
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手島浩之
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2010年10月27日

BORN TO RUN 走るために生まれた

邦訳の発刊からだいぶ経ちましたが。
 本を知ったきっかけは、走ると必ずふくらはぎに痛みがでることに悩んでいた1月頃、検索に引っかかったweb−ナショナルジオグラフィック日本語公式サイトでした。
しかしその時はあまりこころを動かされなかったんです。なぜかというと、
走る場所をベルトコンベアの上から路上に移して十年少々経つんですが、インストラクターを始めとする先人達の共通のアドバイスはシューズだけは慎重に選ぶように(=クッションの良いもの)でした。しかし早くからソールが薄く地面が伝わりやすいもののほうが、足に痛みが生まれず快適なことに気づきシューズ選びの基準にしてきました。まさに「裸足に近い感触」。自分も近いことをしてるじゃないの」で済ませてしまい、本も読書リストの下位へランク。
しかし6月4日(金)ランニング中に第5中足骨骨折。治療で世話になった主治医が雑談中に「タラウマラ族」を口にしたために、ランクは急転の一位。ただ「読めば走りたくなる」のコピーが気になり、ランニングを再開するまでガマンしてのこの時期でした。
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走る人も、そうでない人も25章と28章はきっと興味深いと思います。
長く走るために人は進化した。
武器を使わない狩猟法−試したくなります。

骨折治癒の経過観察は1ヶ月/週一回のペースでレントゲン撮影をしました。今は現像で待たされることなく、見慣れた液晶画面で自分と向きあうことができます。つまり、いつもの自分の画面でも。25章の影響−人間の土踏まず=アーチ それを構成するのは26の骨 33の関節 12の腱 18の筋肉−ですが、27の骨が写ってるあのデータ!欲しい!!
星野 明

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2010年06月19日

「一箱書店」

仕事を中断して、ふらりと街に出ると、仙台市内の商店街「サンモール一番町」で『一箱古本市』なるものが開催されていました。

近づいて様子を見ると、一般参加者による、書籍限定のフリーマーケットのようです。
一般の方々が、それぞれ自分の要らなくなった本を持ち寄り、出品しているようです。要らなくなった本、とは言え、やはりそれぞれの趣味が色濃く反映されており、「店主」の方々の様子を拝見しながら、並んだ本を眺めていると、「なるほどなぁ」と思ったり「意外!」だと感じたり、それだけで結構楽しめます。
中には、インドの本ばかりを並べた若者もいて、藤原新也の放浪モノなんかに混じって「コルビジュエのインド」も並んでいました。きっと、インドつながりで買ってしまったんだろうなぁ。即古本屋送りなんだろうけど……。

今のところ比較的小規模な催しのようですが、大きく広がるとかなり面白いイベントになりそうな気がします。街中が「一箱古本市」だらけになったりすると、全国から本好きが集まったりするんだろうなぁ。
間口半間の「一箱書店」のディスプレイコンテストをやったり、品揃えの面白さでグランプリを決めたり……、売りたくないけどみんなに読ませたい本だけを集めて出店するコーナー(見せびらかして自慢するだけ)とか……、

こういうイベントを育て上げるには、どうすればいいんだろうなぁ、なんて空想するとそれはそれで面白いです。

正式名称はBook! Book! Sendai 2010 だそうです。主催は「杜の都を本の都にする会」。HPによれば、本好きの有志10人で始めた会のようです。

ともかく、本好きの皆さんにうまく告知する方法だけでも確立してほしいなぁ……。だって、全然知らなかったんだもん!
手島浩之
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2010年06月10日

「仙台学」vol.9

宮城旅物語 発刊!

 昨年はvol.7 広瀬川物語 にて、JIA宮城の広瀬川流域の景観をテーマにした地域環境プロジェクトに関わった川内地区を取材し、「広瀬河畔まちなみ探訪」として上梓させていただきました。
 今回は、高校の友人と彼の飲み友達で気仙沼の生き字引である菊清さんとのまちあるきを「気仙沼たてもの散歩」として纏めました。p59には私の中学時代に撮ったはつかりとC58の写真も載っています。
 今回も妹の「横山英子」の文字が表紙を飾っておりますが、兄もなんとかがんばっております。
 
横山芳一


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2010年06月07日

「赤めだか」

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少し前に方々の書評欄で話題になっていながらスルーしていた本を、ネットで1円購入しました。
評判通りすごく面白かったです。
内容に関しては、特に最後の章の出来が秀逸です。(こう言っては何ですが)文章が上手いわけでもないのに、複雑な物事がきちんと説明されていて、不思議な感じです。
「帯」に福田和也の書評からの抜粋として「この人は言葉に祝福された人だ」とありましたが、多分ことのことを指しているのでしょう。
もうひとつ感じたのは、書き言葉なのに、言葉のリズムが談春の落語そのままです。もしかすると、一度、談春の落語を聴いてからのほうが面白さが増すような気がします。

わたしが聴いたことがあるのは、
『「20年目の収穫祭」ユニバーサルレコード
というCDだけですが、経験したことの無い切実さで、心が切られてしまいそうな彼の落語に、怖い気持ちさえしました。
高々一本道の単純な話が、同じ話でも、話し手によってここまで違ってしまうのか、と改めて思い知らされ、芸術や芸事の中のオリジナリティということについて、激しく考えさせられました。


読み終えたあと、呆然とした頭で、あたらしいCD でも出ていないかなぁとネットで見てみたところ、なんと、こんなのを見つけましたーっ!!

6月30日(水)立川談春独演会 仙台市民会館(小ホール)

手島浩之
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2010年06月02日

「へうげもん」

みなさん!
いい年こいたおっさんから、マンガの話で申し訳ないんですけど……、
「へうげもん」ってマンガ、知っていますか?
安土桃山時代に活躍した古田織部という茶人を主人公に、(こういったマンガにありがちな)インテリ感をおくびにも出さず、粋に、活き活きと茶の湯の世界を描いています。
インテリ感ゼロ!、教養書感ゼロ!、知性感ゼロ!で、見事に「粋」を失わずに、こういった題材を扱っています。

こういったマンガが、エンターテイメントの土俵に乗って、堂々と市場に出回っている日本という国に、改めて驚かされます!!
(T島)
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