2013年04月01日

建築家職能運動120年奮闘記 vol.37

 辰野に岡田、そして当時まだ18歳だった桜井小太郎という若者を加えて始まった欧米銀行建築調査の旅は、1889年(明治22年)10月までの約1年間に及びました。
 まずはアメリカの主要都市、サンフランシスコ、シカゴ、ワシントン、ニューヨーク、ボストン、フィラデルフィア等を巡り、合衆国の大蔵省金庫や銀行を調査するなかで、新興国として試みられていた鉄筋コンクリート構造・鉄骨造など新しい技術に接することになります。
 そのなかでも当時のシカゴは、1871年の大火で失われた市街地の復興のさなかで、1880年代から1900年には多くの高層建築が建設されていました。フランク・ロイド・ライトの師であるルイス・サリバンに代表されるシカゴ派と呼ばれる建築家たちが、高層ビルという新たな課題に挑戦していました。鉄骨骨組構造に石積みという新しい建築技術によるサリバンの代表作、オーディトリウムビルが完成したのも、ちょうどその頃1889年(明治22年)です。

松本 純一郎
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