2012年06月18日

建築家職能運動120年奮闘記 vol.32

 造家学会が創立された翌年1887年(明治20年)には、建築教育を総合的に行う、工部大学校に次ぐ二番目の建築教育機関となった工手学校(現工学院大学)が、技師と職人の間に介在する中堅の建築技術者を養成する学校として設立されています。
 政府の富国強兵政策による近代化を達成するために必要な職工の不足が深刻だったため、工学全般にわたって、現場を支える職人を育成するために工科大学教授陣が中心となって工手学校は設立されたのです。工学系8学科のうち造家学科は、辰野が設立運動の中心となり藤本寿吉(工科大学校2期生)も発起人となっています。煉瓦造など新しい建築技術を欧米から移植する役割も建築家に委ねられたといえるのです。
 国を挙げて西洋列強に劣らぬ国力をつけるためにあらゆる力を結集せざるを得なかった、明治という大きな時代背景がありました。日本の建築界が、アカデミーと行政、建設業界の一体化した行動をめざしたなかで、欧米諸国のアーキテクトとは異なる独自の建築家像をもつようになったのもこのような経緯に由来する点が大きいのかもしれません。
松本 純一郎
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