2012年05月07日

建築家職能運動120年奮闘記vol.27

 その後、山口半六は病を得て文部省を休職し、43歳で夭折するまで民間で活躍します。遺作となった旧兵庫県庁(現兵庫県公館)は、ロの字型の平面を持つフランスルネッサンス様式の伝統を踏まえた名建築で、昭和の大改修によってこの様式特有の曲線美豊かなスレート葺きのマンサード屋根が、その正面によみがえりました。
 市民生活のための建築を教育目標とするパリ中央工芸学校で学んだ山口は、第一世代では例外的に国家の記念碑ではなく、学校や会社、地方庁舎といった市民のための建築を創り続けました。そういった意味でもこの世代では異色の建築家であったといえます。
 山口より5歳年上で親友だった曾禰達蔵は、建築学会誌上の略伝で「君、資性愿潔にして沈着、開亮にして貞偉なり。その建築の監督に従事せる皆軌を一にし、一線一画忽にせず。加ふるに学殖富膽、識見高邁、最も玄奥の数理に長ず」と書き記し、山口のきまじめな人柄と優秀さを褒め称えています。
松本 純一郎

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