2012年04月15日

2012-04-14もろもろの活動

まずは、「JIA木造復興住宅検討委員会」の活動。
来て見て触れて、泊まることの出来る「復興モデル住宅」を実現できないかと模索を行っています。
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続いて、「高台移転・小室住民WS」への道すがら、新規開店したある「仮設拠点」へお祝いに立ち寄ってきました。被災して旦那さんや家族を失った主婦たちが、子育てをしながら仕事をし、それが地域復興への支援になるような活動を目指して進んでいる住民グループです。
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「We Are One」
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この日は開店初日だったのですが、あっという間に完売してしまったようです。

続いて「高台移転・小室集落住民WS」3回目。
今回は住民の皆さんの要望に沿って、出来るだけ早いテンポでのWSの開催となったため、北大・法政大チームが参加できず、我々JIAだけでの運営となりました。何とか7人の人数を掻き集めましたが、これが最低必要人員のようです。
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細かい修正点はあるものの、我々が持ち込んだ移転案にほぼ賛成してもらいました。

しかしこうして一日を眺め回してみると、我々の復興支援活動は地味すぎて、「建築家らしい」と形容できるものがまったくありませんね(笑)
今回の震災での復興支援活動へのスタンスを大きく隔てるのは、このあたりの感覚だと思います。自分の日々の仕事の範疇に篭って活動するか、それとも、培った専門知識を社会の広範なニーズに応じて無償で開け放つか・・・・・・、

復興支援活動をアトリエ事務所的に矮小化して捉えてしまうと、震災復興という大きな社会的動きの中のほんの数百分の一の部分しか捉えることは出来ません。また、震災復興にアトリエ事務所的建築家が立ち向かい問題を解決するという図は「英雄譚・英雄物語」としては、単純明快で非常に分かりやすいのですが、それでいいのか、という思いは常に消えません。

もちろん、ひとりの建築家やひとつの活動が社会全体のすべてを相手にして問題全体に立ち向かうことは出来ません。しかし、全体をきちんと把握した上で、自分がどこで何をしているかをきちんと知っておくことは非常に重要なことだと思うのです。

わたし自身は、自分の一生の仕事としては、建築という狭い範囲で勝負し「ひとつの建築の出来上がりの良し悪し」だけで判断されたいと願っておりますが、復興支援活動に際しては、そこをすべて取り払って持てる技能を無償で開け放つような活動したいと考えています。

伊東豊雄さんという世界的な建築家は、震災を機にした「変心」を口にしているようですが、その変化を作家的態度の変化・建築家としてのスタンスの変化として捉えてしまっていることに、理解の稚拙さを感じてしまいます。

手島浩之
posted by JIAみやぎ at 07:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 石巻北上での復興支援活動
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