2011年03月31日

瓦斯

今日街を歩いていると、「ガス臭い!」と思うことは無かったですか?
ふとガスの臭いに気付いて、周りを見渡すと……、

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「火気厳禁」と大書された立て看板。
近付いて、作業員の方に話を聞いてみると、ガスの復旧のための試験をやっているそうです。

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そう思っていろいろと見ていると、そこかしこにこの作業を行っている人たちがいました……。
ほら、この路地の奥でも……。

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友人の勤める東京ガスからも同じ部署の人たちが何人かこちらに送り込まれているとのメールがあったのを思い出しました。「東京ガス」の腕章を見掛けたら声を掛けようと思って探してみたのですが、ついぞ探すことは出来ませんでした。

(mm)
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震災後19日目の多賀城近辺

近くで打ち合わせがあり、その帰りに少し足を伸ばして、多賀城近辺の様子を見てきました。
私の事務所で基本計画に着手したばかりのプロジェクトの計画地がここにあったのですが、震災で水没してしまったようで、プロジェクトは頓挫してしまいました。その計画地付近の被災状況をどうしても見ておきたかったのです。

そのクライアント自身も震災時にはこの付近の施設の1階におり、襲ってきた津波で危うく命を落としそうになったそうです。その後なかなか水が引かず、何日か孤立した状態だったようです。

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2011年03月30日

中心市街地各店舗の開店状況

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体系的に調査を行ったわけではありませんが、ぐるりと市中をひとまわりした、「散歩の寄り道」程度の調査です。
こういうことをはじめると、仙台市中、端から端までくまなく調べてみたいという欲求に駆られますが、当然ながら、そんなことをしたところで、なにひとつ意味はありません。(笑)

しかしながら、ここでこうしてPICk UPする情景は仙台市の、ある一日のひとつの断面であることに違いはありません。
閉めている店、品不足ながら開店している店、それぞれの事情があってそうしているのでしょうが……。

私としては、宮城県内の酒蔵がどういう状況なのか、一番気を揉んでいるところですが、行きつけの酒屋さんの情報によると、相当深刻な被害を受けた酒蔵も多くあるようです。

しかし、先ずは、全国チェーンのファストフードの状況から……、


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2011年03月29日

震災後三週目の街の様子

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とにかく目の前にある日常を、面白くでもなく、センセーショナルにでもなく、淡々と記述してゆきたいと思っています。こうして比較的安穏とした仙台市内一区画の様子を流してしまうと、「ネットに状況をUPする暇もなく」日々闘っている人たちの存在を薄めることになってしまわないか、との葛藤もあるのですが、たった数キロを隔てただけの同じ震災地でのリアルな状態を記しておく必要もあると思っています。
ともかく、これはこれで、震災後の被災地の日常の風景なのです。


街としては徐々に、少しづつ平常の姿を取り戻しつつありますが、三週目に入って大きく変わったこともいくつかあります。
ひとつは、きのうの月曜日から全店24時間営業を再開した大手スーパーが出たこと。
もうひとつは、震災直後に品物を放出し、営業をストップしていたコンビニの中にも、営業を再開し始めた店舗があること、などです。

また、市営バスはこの日から「休日ダイヤ」でも運行を再開したようです。
この二週間、ガソリンがないのはまだしも、バスがほとんど機能していないのには閉口していたのですが、それもどうやら解消されるのでしょう。
結局この二週間の間、皆さん足が無いためにどこにも行けず、スーパーやガソリンスタンドに行列するしかなかったのですから……。

仕事の昼休みに、街をぐるりと一周してみました。
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仙台朝市の様子です。
一時期はひと玉700円のキャベツに大行列をしていたのですが、お客さんの数も落ち着いてきたようです。




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2011年03月28日

応急危険度判定/亘理町編


きのうの日曜日、亘理町からの要請で、応急危険度判定に出掛けてきました。
ガソリン不足のこのご時勢、JIAの宮城から何人も参加していましたが、大友さん、宮崎さん、星野さんと、私の四人が、一台の車に相乗りしての出発です。

空は晴れ渡り、やけに天気のよい日曜日なので、行きの車中では「なんだか、花見かピクニックにでも向かってそうな感じだねぇ」と軽口も飛び出す始末です。
仙台市内での応急危険度判定が(大変な地域もたくさんあるのですが)、テレビで見るセンセーショナルな映像に比べて、比較的に無事な状態が多かったので、私も気が緩んでいたのかもしれません。

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亘理町役場に着くまでも、わたしが道を間違えてしまったくらいで、いたって平静で、ここまでは良かったのですが……、
……この一日を通して、荒んだ荒野に、たった一人で、砂埃にまみれながらとぼとぼと歩いているような暗澹たる気持ちになりました……。
下の写真は、亘理から引き上げる直前の写真です。
道端にじっと立っているのは星野さんです。
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どれほど筆を尽くしても、私の未熟な文章力ではこの悲惨な光景の中の何も伝わることはないと思いますし、写真だけでは、テレビで垂れ流され続ける映像にはとてもかなうものではないと思います。残念ながら……。

判定を始めた当初は、悲惨な光景を目にしながらも、少しでも明るい話題をこのブログにUPできれば、と考え、途方にくれながらも家族で力を合わせてぽつぽつと片付けを始める様子を写真に収めていたのです。
泥の海水に1階の屋根までつかり、むちゃくちゃになった家の前で「ウチだけじゃないから……」と笑い、「あんたらも大変だねぇ」と気遣ってくれる農村の人たちの屈託のない明るさに救われる気もしていたのです……。

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posted by JIAみやぎ at 08:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災関連

2011年03月26日

日没時のスーパーの在庫状況

カミサンの知り合いの親切なご家族が、お風呂難民の私たちに、お風呂を提供してくれる、というご親切に甘え、一週間ぶりのお風呂を堪能しに、仕事を早退して出掛けてきました。
慌てて出掛けたので、少し早くついてしまいそうになり、通り道にあったスーパーがどのような状況なのか、覗きに行ってきました。

立ち寄ったのは、青葉区八幡町の宮城生協です。
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今日から20時までの営業だそうです。
一番町の「藤崎百貨店」は(たしか)朝10時開店、夕方4時閉店だったので、このコープはかなりがんばっている感じです。
うちの近所のヨークベニマルも、朝10時〜夕方4時でした。
ちなみにわたしが立ち寄ったのは5時50分です。


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2011年03月25日

震災を受けての緊急役員会

震災を受けて急遽召集された、日本建築家協会宮城地域会の緊急役員会に参加してきました。

石巻市を本拠地として活動している佐々木文彦さんが、いまだ物資もなく自衛隊などの支援もなく自力で救援活動を行っている大変な状況を少しだけお聞きすることが出来ました。長々と惨状を話している暇もなく、すぐに石巻に引き返してゆきましたが、「石巻市北上町十三浜相川地区」など、海沿いの小さな集落には、まだほとんど救援の手が届いていないようです。そのような地区が三陸地方の沿岸部には本当にたくさんあるようです。

また、震災で自宅と事務所を失ってしまった渋谷地域会長も、緊急役員会に参加していました。自分の身の上のことは一言も語らずに、緊急役員会をまとめ、活動を打ち合わせし、急いで石巻に取って返す佐々木さんに事務局にあった救援物資を持たせてあげる姿を見ていると、胸に迫るものがありました。

佐々木さんや渋谷さんが今回の震災で経験されたこと、目にしたことは、もう少し事態が落ち着いたら、詳細な記録として残しておいてほしいと思っています。


以下にJIAの会員の方々が撮影した震災関連の写真などが掲載されています。

「日本建築家協会東北支部」
       http://www.jia-tohoku.org/index.html

「JIA会員・賛助会員によるwebアルバム」
       https://picasaweb.google.com/112333610284230518507/20110311#

「JIA災害対策情報掲示板」
       http://www.facebook.com/jia.saigai

(T)
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2011年03月24日

国分町の夜の蝶たち

仙台、もしくは東北地方の皆様は当然ご承知のことだと思いますが、国分町とは、東北地方随一の歓楽街です。
震災後、チャリ通勤を再開した私は帰り道に少し寄り道をして、夜の街の様子ががどんな感じなのか覗いてみました。

先ずは一番町通りです。一番町通りは、中央通と並んで、仙台で一番の中心市街地商店街です。
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少し話が長くなりそうなので、ご興味のある方は、以下をクリックしてください。

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posted by JIAみやぎ at 17:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災関連

2011年03月22日

震災後の小さな芽

今日は、応急危険度判定はお休みさせていただき、通常通りの仕事に戻りました。
応急危険度判定に使用した車には、県からガソリンが支給されることになっているのですが、その証書をもらいに、午後から県庁まで歩いて出掛けてきました。

その道すがら、しばらく頭を洗っていなかったので、散髪がてら髪を洗えるところはないかなぁ、と探していたのですが、普段とは違った街の様子が目に付いたので、その様子をご紹介したいと思います。

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とにかくみんな、路頭にでて、勝手に物を売っているんです。

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posted by JIAみやぎ at 20:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災関連

応急危険度判定 仙台市青葉区中山編

昨日3月21日(月曜日)は、応急危険度判定で、仙台市青葉区中山周辺に行ってきました。
この日は、天候も荒れることなく、比較的調査のしやすい一日でした。
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折立地区と同じように、ここでも地面が滑っているようで、こうした亀裂がいたるところに出来ていました。

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上の写真では、ちょうど建物の「きわ」で亀裂が生じているために、数十センチほど地面が陥没しているにもかかわらず、建物自体には比較的損傷が少ないのですが、このすぐ隣の住宅では、その亀裂がちょうど建物にぶつかっている場所で、基礎が割れてしまっています。

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また他の場所では、地面が滑ってズレているために擁壁が押されており、擁壁の中腹が孕んでしまっていました。その結果、擁壁が5,60cmほど落ちてしまっていました。(下の写真)

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更にひどい場所では、擁壁が崩落してしまっています……。

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今回の地震では、地盤が少し滑り落ちるような現象が発生しているようです。そうして生じた亀裂によって、建物や擁壁が破壊されているようです。
前の宮城県沖地震の際に大きく被害を受けた地域が、今回は殆ど被害を受けていなかったり、前回に無被害だったところが、今回には大きく被害を受けていたり、ということがあるようです。
今後の調査によって宅地造成の際の構造基準が見直されるかもしれないと思いました。

判定を終えて、天気も良かったので、はじめてスーパーの行列に加わってきました。
二百人ほど並んでいたのですが、大きなスーパーだったために、十分ほど並んだだけで中に入れましたが、

……ああ……

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……ああ……

上の写真をみると、本当に物不足のように見えますが、ある一角はこのように品切れで何もない状態ですが、その他のコーナーには思ったより多くの品物がおいてありました。
当然、品の種類はかなり偏っていますが、しかし、この数日でかなり状況は好転しているようです。

手島
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2011年03月21日

四国からの給水車

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きのう出掛けた地区の応急危険度判定では今治市からはるばるやってきた給水車の活動に出くわしました。

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東北地方の住人からすると「イマバリ??」あまり馴染みのない地名ですが、私は古い記憶を総動員して掘り下げ、「四国!愛媛だ!」とやっとのことで気付きました。

話を聞くと、この給水車に乗って、はるばるやってきてくれたそうです。夜は浄水場の会議室に泊り込み、カップラーメンと缶詰を主食としながら、毎日こうして給水活動を行ってくれているのです。

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「この人たち、四国から来てくれてるんだって!」
近所のオバサンが驚嘆の声を上げ、そこからいろいろと日本列島を又にかけた世間話が広がっていました。

街の中でもこうして被災者救援活動を地道にに行ってくれている他の地域からの応援隊を見かけますよねぇ。
浜松市からガスの復旧作業を手伝いに来ている方たちも見掛けましたし、神戸市からは阪神淡路大震災の教訓を活かした被災者救援活動を行うために来ている神戸市の職員たちにも出くわしました。
こうした遠方から差し伸べてもらっている救いの手も、これからは見掛ける度に、このページにUPしてゆきたいと思います。
手島
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2011年03月20日

地震と日常生活

ご承知の通りの災害などもあり、しばらく中断してしまっていた、このブログですが、あまり大きく言葉を並べずに再開したいと思います。
今回のことについていろいろと前置きを並べようとすると、その災害の規模の規模の大きさ、それぞれの方々の抱えてしまった悲しみに見合った言葉など見つかるはずも無く、黙祷のように黙り込んでしまうしかありません。
また、こうしてこのブログを再開するにふさわしい人が誰か、ということになると、そういった方々は、災害対応に追われていたり、または被災をされていたり、ということもあります。

そんなこともあり、あえてこのまま、この数日で私が目にしたことをそのまま、お話したいと思います。

こうした事態の際には私たちには県や市からの要請で建築物の「応急危険度判定」という業務にボランティアで駆り出されるのですが、先日の応急危険度判定で、折立団地近辺に出掛けてきました。
応急危険度判定とは、その建築物の中に人が退避していてよいかどうかを応急に診断し、三種類の危険度(安全度)に判定する、専門家による作業です。「危険」と判定されれば、住人はそこに住むことが出来ず、別の場所に退去せざるを得ません。
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団地の中のある一角は、特に被害がひどく、団地の地面全体が大きく滑り落ちているような地区もありました。

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また、断層によるものだと思われますが、地面が50センチほどの幅で大きく裂けている箇所もありました。そうした箇所は、長さ100メートルほどに渡って、敷地の境界など関係なく無残に裂けていました。

わたしが参加した数日は、天候が悪く、吹雪の中で凍えながらのの判定となりましたが、天候悪化のために判定中止となると、急に青空が広がったりと、ヘンな天気でしたね。
雨や雪になると、手がかじかんで、調査票に記載できないし、調査票が雨にぬれてぼろぼろになったりと、本当に大変なんです。雪に覆われてしまうと地割れが見分けられなくなり判定がし辛くなってしまいますし、何よりも歩行に危険です。当然地面があると思って足を踏み出したところが、地割れで地面が裂けてしまっている、ということがあるんです。

担当地区の業務が終わり、事務所に戻る道すがらの、街の様子です。
仙台朝市では皆さん行列して生鮮野菜を買っていました。
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一番町通りでも、こうして露店が立ち……、
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こうした活気ある風景は本当にホッとしますね。

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まだ電気が通っていない地域の人たちにとっては「携帯電話の充電切れ」が深刻なようで、こうして充電をしていました。

事務所での雑用を終え、吹雪の中を自転車で帰宅するのも気後れして、この日は前々日に再開したという市バスで帰宅することにしました。
「混んでるだろうなぁ」と予想して6時にはバス停に並んだのですが……、
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藤崎前がこんなに真っ暗でした。

待てど暮らせどバスは来ず、暗い吹雪の中をじっとバスを待っていたのですが、隣で同じく待っていた外国人(インドかバングラデッシュあたり?)が、「あなたのバスは30分前に出たヨー」って教えてくれたり、その隣のオバサンが「30分前に出たってことは、昨日は一時間半待ってやっとバスに乗れたから……」と教えてくれたりします。
親切にも「そこに行きたいんだったら、こっちのルートで行って、こう歩いたほうが良いんじゃないの?」などと教えてくれたり、一時間ほど待った末に来たバスに急いで乗り込んでしまった私に、後ろから来たバスを指差して大声で「あのバスのほうが良いよー!!」と大声で教えてくれたり……。

被災の度合いの少ない私たちにとっては、今回の災害では、隣り合う人同士が会話する大切さを改めて教えられたような気がします。野菜を買うために並んでいても自然に隣の人たちと話しをしたり、情報交換をしたりします。こういったことは、それまでのわたしたちの生活が大きく忘れてしまっていたことのように思います。
「日ごろの私たちが忘れてしまっていたこと」で思い出しましたが、こんなことがありました。震災のあった夜、うちのカミサンが空を見上げて言ってました。
「雲ひとつない夜空全部を覆い尽くした星が綺麗で、今にも降って来そうな、怖い感じがする……」「天変地異のあるときにはそんな風だって聞いたことがあるけど、不吉なことの前兆なのかしら……」
よく考えてみたら、仙台市全域が停電でそのせいで星が綺麗に見えているだけなのです。

近くのバス停で降り(近くといっても、再開したバスルートの関係で20分ほど歩かなければいけないのですが)、雪道を歩いていると、ガソリン不足のせいで車がまったく走っていない雪道は、シンと静まり返って、本当に幻想的で綺麗でした。
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こういうときこそ、日々のことを淡々と丁寧に綴ってゆかなければなりませんね。
手島

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2011年03月10日

納谷建築設計事務所よりオープンハウスのお知らせ

納谷建築設計事務所より「仙台の住宅」オープンハウスのお知らせ

2011年3月11日に発生した震災により、開催を中止、または延期いたします。

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日時 :2011年3月19日(土)11:00~16:00
交通 :JR仙山線  国見駅より徒歩3分
問合e-mail :kawasaki@naya1993.com

上記メールにて担当谷山宛てにお申し込みいただいた方に、現地案内図をお送りいたします。


用途:個人住宅
規模:地上2階
構造:木造
敷地面積:142.23u
建築面積:58.41u
延床面積:87.63u

納谷建築設計事務所
〒211-0002
神奈川県川崎市中原区上丸子山王町2-1376-1F
TEL:044-411-7934
FAX:044-411-7935
e-mail:kawasaki@naya1993.com
URL:http://www.naya1993.com/
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「第5回JIA東北住宅大賞2010」結果発表 

昨日、現地審査を終えた「第5回JIA東北住宅大賞2010」の結果が発表されました!!

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大賞: 「横手の家  雪国の中庭住宅」
  所在地:秋田県横手市旭川
  設計者:木曽 善元(木曽善元建築工房)
  施 主:山本紀昌・尚子
  施工者:(有)佐々木工務店

一時審査の際、このパネルを見た途端に、「嗚呼!今年はこれに負けてしまうなぁ」と直感したのですが、そんな取り越し苦労の甲斐もなく、わたしはあえなく一時審査で敗退してしまいました(苦笑)。
しかし本当に良い作品だと思います。
このパネルだけを見て、あるひとに「アアルトっぽくってすごく面白そうな予感がする」と言うと、実際に見学したMさんは、「アアルトっぽくはないけど、すごくいい」って言ってました。ちなみにMさんも、一次審査の会場でこのパネルと見たときに「やられた!」と思ったそうです。

「受賞記念の見学会」か何かをしてもらえないかなぁ……。
来年からはそんな企画はどうでしょうか?
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posted by JIAみやぎ at 15:20| Comment(0) | TrackBack(0) | おめでとうございます!!

2011年03月07日

建築家職能運動120年奮闘記 vol22

 妻木頼黄らの一行20名がドイツへ渡るのと前後して、ドイツからは、エンデ&ベックマンをはじめとして、ベルリン都市計画の父といわれる都市計画家のジェームス・ホープレヒト、建築家のヘルマン・ムテジウスやリヒャルド・ゼール、さらには専門技術者等、総勢12人が来日します。明治政府がひとつの事業にこれほどの人々を招聘し、また派遣した例は他にないといわれています。それほどこの計画は、国家の威信をかけたものだったのだといえます。  
 そしてエンデ&ベックマンは、1886年(明治19年)、築地本願寺あたりから霞ヶ関の丘に向かう一直線の都市軸を背骨とする、官庁集中計画ベックマン案を提出します。その頃ベルリンのエンデ&ベックマン建築事務所では、妻木が国会議事堂、渡辺が裁判所、河合が司法省の担当スタッフとして設計に没頭していました。